シルクスケートムルティプラ

シルクスクリーン、スケート、ムルティプラ。diyや子育て。日々の忘備録として。

スケートとけん玉

ちょっと流行りは終わった感があるけど、一時ストリートけん玉が流行ってた。

これ、元々は私しんたろーが始めました。

2,3年前スゴイ流行ってた時に千秋に「何か流行りのルーツを調べてる人がしんたろー君の事調べてましたよ」って言われたけど、自分には何のコンタクトもなかった。

現在おしゃれなポジションにおったら何かあったんかもなー。

けん玉は子供の遊び。それをオサレな人がやってるとカッコいいよね。角野友基がやってるからカッコ良いのよ。オシャレな人達がやってるからけん玉がオシャレアイテムになったけど、結局ストイックに打ち込んだファションに興味のない人がテクニックでは上になってしまって、、、、。おんなじ流れやなー。

いっそ千秋が最初って言うた方が良かったかも。

 

当時は「富士」と「さくら」ってのが認定けん玉であって、自分は「富士」を使ってた。「富士」を選んだ理由は、「さくら」よりも圧倒的に剣先が太かった。

百貨店でいつもけん玉買ってたけど、個体差チェックの為に全部袋からだして一番剣先が太い奴を探して買ってた。カツカツの寸法だと穴に入った時の感触が「ジョキーンッ!!」て、めちゃくちゃ気持ちよかった。

で、けん玉やめたのは太い剣先のけん玉が入手できなくなったから。

「富士」も「新富士」になってからは剣先が細くなってしまった。

当時「富士」を作ってる所に電話して太い剣先の奴が欲しいって言うたら無理って言われた。細い剣先でやっても何も気持ち良くないし、気がつけばしなくなってた。

今の嫁(当時彼女)も一緒にけん玉やってて結構大学入る頃にはうまなってた。

嫁の大学のサークルの後輩に今ケンダマン?として活躍してるノブ君がおったんやけど、間違いなく影響受けてるよね。

サークル名はグルメ研究会。何の研究もしてなかったけど。

 

 

流れとしては、中学の修学旅行で東北に行った時にこけしとか作ってる工場で

お土産でけん玉を買った。で、当時学校でトランプやサイコロやじゃんけんでお金をかけるのが流行っていて、その流れでけん玉もカケの道具として使うようになった。

そうこうしてる間に、「アレ?これハンドレール乗る時に一瞬の集中力に役立つんちゃうん?」という事でちゃんと練習するようになって、気がつけば滑りに行ってるのにけん玉ばっかりしてる状態になってた。

アメージングの大会に行った時に外人の招待スケーターに「おもろいオモチャもってるやん。頂戴」って言われたけど、めっちゃ探して買った奴やから百貨店行って買いーやと。あげる用のん持って行っとけば良かった。でそいつがアメリカでけん玉USA作った。

千秋はけん玉USAの初期にスポンサード受けてたって。

 

で言いたい事。

1つめ。

日本けん玉協会のひとへ。

普及活動に大いに貢献したという事で「名誉なんちゃら普及なんちゃら」って書いてるめちゃくちゃデカイけん玉と賞状下さい